オキーフの恋人 オズワルドの追憶/辻仁成



私にとっては「太陽待ち」以来の辻作品となりました。
読み耽る、とはああいうことをいうのでしょう。
「太陽待ち」に引き続き、装丁についても非常に好ましい趣きです。

話が逸れますが私にとって「太陽待ち」は、勿論辻作品であったことが購買動機ですが、いわゆるジャケ買いの類いであったことも事実です。
今まで購入した本で一番素晴らしい装丁(装丁者は大久保明子さんという方)だと思い、長い間読まずに書棚に飾っていました。

「太陽待ち」は素晴らしい作品ではありましたが、ただ終幕のさせ方にはあまり好感を持てませんでした。
内容についてどこまで書いてよいものか分かりませんので以下、念のため反転させます。

以下、反転部分

好感を持てないと書いた最大の理由は「予期されうるハッピーエンド」です。
ハリウッド映画や、お粗末な夜八時や九時に放映されているドラマのような、あれです。
残り2分で話がハッピーエンドに向かい、大団円。めでたしめでたし。という奇妙なあれです。
私は芸術作品としてこれを読み進めていたにも関わらず、終幕部分にのみ過剰なエンターテインメント性を感じてしまったのです。

もちろんもっと過去の作品に比べれば、最近の著作の芸術性は(恐らく意図的に)減らされています。
「読者の前で、毎回打率を上げられるバッターでいるのは難しい。もちろん、文芸的に評価される作品も必要ですが、こういう時代だからこそ、多くの読者と出会いたい」
2001/11/18 日刊スポーツの紙面インタビューより


そのような打率と呼ばれる「見えざる需要」に応えたから、とは思いたくはないのですが、最後だけ毛色が違うな、という気分が残ったのを覚えています。
あなたにはいつまでも頑固親父であって欲しい、と思ってしまうのです。

反転部分、終わり


さて「オキーフ〜」ですが、”これは止まらなくなるぞ”と思った時に確認した頁数が確か上巻の30頁前後だったと記憶しています。
結果から言いますと「私にとっては」久々の素晴らしい作品でした。「白仏」以来ではないでしょうか。

実を言いますと、上巻の途中を読み進んだあたりで私はこの本の書評をWEB上に探してしまいました。
作品の梗概を知りたかったからではなく、読者の感想を知りたかったのです。
何故、私は自らの読了まで待てなかったのでしょう。
自分でも分かりませんが、この面白さを共有したかった、同意者を探したかったのかもしれません。

そもそも本作に対する感想が少ないこともあってか、negativeな感想がちらほら目につきました。
ミステリとして稚拙だ、とか、破綻している、というような。

これは著作自体にも載っている情報なので書きますが、本作は「オキーフの恋人」部と「オズワルドの追憶」部とが交互に書かれた二部構成になっています。
その内、「オキーフの恋人」が書き下ろし作品で、「オズワルドの追憶」は過去に雑誌で連載された「探偵」という作品を、大幅に加筆訂正した作品ということです。

「オズワルドの追憶」は、ジャンル分けを行うと探偵小説ということになってしまうのでしょう。
もしこのオズワルドを単品で読んだならば、ここまでは感動しなかったでしょう。
しかしながらこの二つが重ねあわされて、刊行された時点でオズワルド部のことを探偵小説とは言えなくなるはずです。
作品内で筆者自身が「餅は餅屋」と述べているとおり、これは探偵小説の皮をかぶった別物です。

私が本作から読み取った一つ目のメッセージは、「存在の証明」です。

この世界の「目に見えない何か」は、時として私に、タイムリーにリンクするアイテムを届けてくれることが良くあります。
このオキーフ〜を読む前に丁度私は養老孟司さんの「バカの壁」を読んでいました。
そしてこの小説を読んで破綻していると思った方はこの本を読むと良いでしょう。
如何に多くの人間が自己同一性(という機能)を信じきってしまっているか、ということです。

そして二つ目のキーワードは、終局で主人公とアイヌの老人に語らせているあたり。
「この世界は満更ではない」
というメッセージ。

「バカの壁」にて養老さんが語っているように、目まぐるしく変化しているのは社会(自分の外側)ではなく人間(自分の内側)自身である、ということ。


目を覚ます?
それはそっくりそのまま世界中の人々へ返すわ。
神に唆されて都合のいい正義を振り回して殺し合いをしている愚かな人間どもへ
みんなこの光に騙されているんだわ。


複雑になればなるほど、人間は自惚れて、神を軽視しがちだ。
絶対的なものでも、手の届かないものでもない、と私は思っている。
私たちが生きていることの中に神はいる。
神は光の中にいる。


文学性がどう、とかエンターテインメント性がどれくらい、かというようなことを読後に考えたりしますが、この作品は芸術性と文学性とエンターテインメントを物凄いバランスで組み合わせた傑作だと感じました。

ちなみに、この作品に込めた想いの一端は、作者自身のホームページ上で、作者自身が断片的に語っています。


先ずは先入観なしに、読後にこちらを覗かれると良いかもしれません。
当ホームページでは、以上のような理由から、首題の作品をお薦めいたします。


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