自選日記2001


2001/07/26
Fri.
「よしなしごと」

新しい歴史教科書、は果たしてどのくらいの学校が採用したのだろうか。
つうか来年からだろうか。

あそこに見えるのは何の光り

小泉純一郎は靖国参拝するだろうか。
田中真紀子はそんなにも親中でいたいのだろうか、
それは、ひいてはいつまでも謝り(誤り)続けるのだろうか。

僕を誘う光り

浦安市からディズニーシー招待券が届いた。
空いてるなら行ってもいいかな。

届くとして

宇宙から地球を見たガガーリン?がのたまった。
国境なんて見えなかったって。
見えるかっつうの。
国境も
争いも
嫉妬も
脱落も
いじめも
堕胎も
汚染も
迫害も
まごうかたなく存在するがな。

いつまでも眩しいかなあ?




2001/08/20
Mon.
「日本サッカーを取り巻く環境」

子供がサッカーボールを蹴る。
どこで?

日本が狭いんじゃないです。
都市開発の仕方がおかしいんでしょう。

浦安でも駅前では放置自転車と撤去作業のいたちごっこが繰り返されている。
バカバカしい。

駅が新しくなるときや、マンションが建てられるときに、イメージ図が看板に描かれたりしますが、
そこには作る人間の理想像しか書き込まれることはない。

そこには放置自転車もない。
撤去作業をおこなう職にあふれた老人たちの日給も、
しゃがみこんで道をふさぐ若者の姿も、
そこには描かれない。

くさいものにはふたをする。
くさいものはいつまでもなくならない。



2001/09/03
Mon.
「キラキラ 2」

やばい。今起きた。
帰宅してから爆睡してしまった。
間違いなく眠れないまま朝を迎えるんだろう。

まあ良い。続きを書こう。

おさらいをすると、学生というのはとても窮屈に思える「校則」というルールの中で生活していて、
さらに身近には人間的に尊敬できる教師があんまりいない、
という日本の教育前線の大問題を提起したのであった。


ここんとこ割と微妙だが、
尊敬できる教師に会えた人は割とスクスクと自分の良いところがそのまま伸ばせてるようである。
しかしながら多分そんな人は今少数であると思われる。

まずは校則。
結論から言うと..あって良い、あるべきだ、と最近思えるようになった。

「必要悪」として。

ああいうバカっぽいルールがあることで自分が信じるべきポリシーを養える。
学生のうちに自分の座標軸が作られている必要はあると思うから。
これは学校にしてみればモノスゴイ心外な話なのだろうが、
バカ教師たちは多分俺が何言ってるかわからんだろう。

健全なる生徒を創り出そうとして設けたルールが実は反面教師として学生に受け入れられているとは。
そして聖職たる教師がまた反面教師として学生たちに見られているとは。

次に教職。

これもね..いわずもがなですが。
悲惨ですね。政治家と同じくらい。
政治家と教師と病院の院長はその選抜方式を変えなければいけない。
絶対。
特に教師。
誰でもなれ過ぎ。

思想的なことを考えると、その選抜はとても難しいですね。
日教組、とかあるみたいだし。中国うるさそうだし。
ニッキョウソが何してるかは全然知りません。

とりあえず学校の教師には今の倍くらい給料をあげる。
その代わり、もっと厳しい選抜にする。
ここで大学受験のような選抜方式にすると日本は滅びます。

まあどれも困ったちゃんだらけですが、教師から良くなっていかないと他の職種も良くならないでしょう。
政治家にも院長にも学生時代があって、今のそいつらがあるのは、

当時のバカ教師がいたからですもんね。



9/30
Sun.
「ニクコップン」

狂牛病を発病した牛。
その牛と一緒に飼われていた牛達。

別に周りにいた牛は必ずしも狂牛病かどうかはわからない。
むしろシロだと思われる。

この牛達を人間がすべて「処理」したという。
まったくどこまで厚かましくなれるかというお手本のようだ。

エイズをばらまいてもなかなか滅びないし、
食物である牛から攻めても効かない。

人種同士の争いが一番良さそうなので、
うん、やっぱり核かな。
と考えているでしょう。
そのための宗教や民族の対立なんでしょう。



2001/10/22
Mon.
「子供が乗っています」

車を運転していると最近よく目にするステッカー。
あのステッカーは果たして何のために貼られているのだろうか。

初心者マークや落ち葉マーク(?)。
あれらは分かる。
「私達はヘタクソですから近づくとやばいですよ」
ということだ。

しかし「子供が乗ってます」マーク。
他人に知らせて何になるというのだろう。
他人に何を求めているのだ?
子供が乗っているのならおまえが慎重に運転すればいいのだろう?
俺達に何を望んでいる?
おまえが運転上手ければ子供にも優しく運転できるだろう?

つまり、要するに、
「私は子供を乗せている上に運転がヘタクソです」
と言っているということか。

電車を使いなさい。



2001/12/30
Sun.
「2001年のKINGsと俺、そしてあなた。」

三浦知良。
マスメディアは彼のことをキング・カズ、と喧伝する。
今冬に彼はスペインに旅立つ、という。自分自身の鍛錬のためだろう。
彼は今年で34か35歳くらいにはなるはずだ。
日本代表入りすることは現時点ではかなり厳しいのではと人々は風評する。
多分本人は本気で代表入りしようと思っている、と思う。

日本人で初めてセリエAチームと契約し、マスコミは騒いだ。
鼻骨骨折などの理由で結果が出せなかったことをマスコミは失敗と騒いだ。
同じようにクロアチアに渡りチームと契約した時もマスコミは騒ぎ、同じように失敗の烙印を押した。
名波にも。西澤にも。
まるで中田英寿だけが成功したとでも言うかのように。

彼らのチャレンジがどれほどのことなのか本当に分かっているのだろうか。
烙印を押すマスコミの人たち自身は本当はどれほど頑張っているのだろうか。
カズが何故キングと呼ぶに値するのか、あいつらは本当に分かっているのだろうか。
真実にもっとも近い報道はこのようにあるのですが、日本では表舞台にはなかなか出てきませんし、ごく少数です。
(上記リンクはスポーツライター増島みどりさんのHPサイト上のコラムです。)

来年、中村俊輔というすばらしいサッカープレイヤーが日本を旅立つことになりそうですが、
どうかそういう目で報道しないでいただきたい。
あなた達の偏見が、どれほど大衆に影響を与えるか分かっていますか?
海外へ渡る挑戦者たちにどれほどのプレッシャーを与えるか?

そしてこれを読んでくださっている皆さんにも問いたい。
なんとなくそこら辺に流れている潮流にのっかっているだけの世界だけには居て欲しくない。

正直に告白すると、今年一年の俺ははっきり言って最低でした。
自分で自分が情けないくらい。
居心地の良さの上にだけ定住してしまい、挑戦のかけらもなかった。
だから、カズやナナやアキや、俊輔がまばゆすぎる。
客観的にはどうでもいいのです。

自分が自分で、「俺(私)は今、頑張れている!」と確信できること。
それが大事。





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